「途中で仕事をやめるのは根性なし」「継続は力なり」
そんな言葉に縛られて、ボロボロになりながら社会にしがみついていませんか?
結論から言うと、「やめる=悪」「継続=善」はただの洗脳です。
日本人が「やめる」に異常な罪悪感を抱くのには、何百年も続く歴史的背景と古い世代がアップデートできていない日本のシステムバグが影響しています。
20代にとって「やめる=チャンス」である事実と洗脳の正体を解説します。
「やめる」は悪ではない
そもそも、やめるって悪なのか?
結論、善悪のどちらでもありません。
単なる選択の一種です。
でも人は、やめるとなるとどこか罪悪感を抱いてしまう。
逆に、やるときはどこか誇らしい気持ちになる。
この心理背景にはいったい何があるのか?
次で説明します。
日本の固定観念が大きく影響している
最も大きいのは、日本の固定観念に「長く続けることが美徳」「途中でやめるのは根性なし」があるからです。
例えば退職について。
日本は「長く続けられない人」とマイナスイメージが大きいですが、欧米では「キャリアアップの手段」とポジティブにとらえます。
欧米は転職を繰り返しキャリアを上げていくのが当たり前なので。
逆に、一つの職場に長く居続ける人は「変化を嫌う人」「市場価値が上がらない人」とマイナスイメージをもたれるほどです。
子どもの習い事も、日本は「せめて〇年は続けないさい」と言われますが、欧米では「合わないなら次を探そう」が一般的。
要するに、「合わないことでも長く続けて結果を出そう」と考えている日本は特殊ってことです。
そりゃあ先進国の中で後れをとりますよ。
ただ、現代人は固定観念より効率化を重視してきたので、少しずつ「やめるは悪」に変化が起きてきていますけどね。
日本ならではの古い慣習に流されないよう、やめるという選択を大事にしてください。
継続すれば結果が出るという過信
そもそも、「石の上にも三年」とか「継続は力なり」なんてなんの保証もありません。
もちろん経験を積んで多少なりともスキルアップはしますが、結果につながるかいわれると…否です。
だって、最初から結果が出る人だっているし、長く続けて平社員のまま終える人もいるわけですから。
筋トレやダイエットだってそうじゃないですか?
効率良く工夫できれば継続が結果につながるけど、間違った方法で続けるだけじゃどこかで結果がストップしてしまいます。
「自分に合う仕事」「工夫」「効率化」そして「運」があって初めて結果につながる。
全世界に名をとどろかせる大谷翔平さんも、親や野球との出会い、そして人や環境との出会いがあって継続が実を結んでいるわけです。
「継続すればどうにかなる」なんてことは1ミリもありません。
結果は運の要素が強い
結果は、評価があって初めて成果として現れます。
逆に、どれだけ優秀でも、評価がなければ自己満足で終わります。
この背景にあるのが「運」です。
教えるのが下手な上司、評価に関心がない上司に出会うのって、運というガチャですよね?
あなたを評価する上司と出会い、運良く成果が人目についてまた評価されます。
そして、自分に合う会社に出会えるのか、これも運の1つです。
頑張る、継続する、やめる。
これらの選択をやり続け、運をつかみ取れた人が楽しい人生を送れます。
運が良い人は一発でつかみ取れるし、運が悪い人はいつまで経ってもつかみ取れません。
ただ、行動して変化を作ることで、可能性は少なからず上がる。
今に不満がある人、会社を辞めたい人、まずは行動をしてみてください。
今のまま継続しても、人生が変わるチャンスとは出会えません。
継続が善と言われてきた背景と現代の変化
歴史的な思想の始まりは、何百年も続く食の命綱「稲作文化」。
古くは手作業で1人ではできないので、協力必須なことから「やめた」と言う人は場の雰囲気を乱す裏切り者といった風潮があったそうです。
さらに、職人文化や茶道・華道・武道といった「道」では、一朝一夕に技術が身につかないとある。
数年は修行で、理不尽や退屈に耐え継続した人しか本質がわからないという精神論がありました。
そしてこれら慣習はそのまま昭和に引き継がれ、「継続は善」という考えから終身雇用や年功序列のシステムが作られた。
会社に長く在籍すれば得をする仕組みを作り、学校教育にも反映することとなります。
「やめたら内申書に響く」「最後までやり遂げる」を評価に取り入れ、子どもたちもやめることに罪悪感を抱くようになりました。
幼少期から「継続は善」「やめるは悪」と埋め込まれているので、これが正解と思い今でも選択に悩む人は多いです。
「やめる」がペナルティになる日本
本来でいえば、学生時代の中退なんて新たなスタートへの選択です。退職ももちろんそうですよね。
実際にアメリカでは、学歴ではなく「どのくらい学んだか」という実力と実績を見ています。
だからこそ、中退も退職もあまり重要視していません。
ただ日本の場合は、卒業しないと学歴とは認めず、卒業したことを評価基準にしています。
実力・能力を学歴や職歴でしか判断できないのが、世界から後れを取り始めた日本の古きシステムってことです。
そのため、中退者や早期退職者は「履歴書の傷」と扱われ、就職・転職に大きく影響してしまう。
結果、やめる選択がペナルティ扱いとなり、継続を余儀なくされるわけです。
人それぞれ合う仕事があるのに無理やり継続させるのって、優秀な若者たちを潰しているのと同じですよね。
老害たちがアップデートできていない
日本の老害たちは、未だに「継続は善」「やめるは悪」からアップデートできていません。
まあ、幼少期から正解と埋め込まれて数十年生きてきたから、なかなか変われないでしょうね。
しかも、採用担当や上層部ほどその正解ルートで結果を出してきたので、今の若者を「根性なし」「クズ」といった思想は自然なことかもしれません。
しかし、今の若者は学校教育の変化により「選択」と「探求」を学んでいる。
「本人に合った道へ」の教育で優秀な若者が増えてきたことから、「我慢してでも継続」しか学んでいない老害との思考ギャップが大きくなってきた。
逆に老害たちの時代は、上司も同じシステムでギャップが小さい。
老害たちも人材不足やハラスメントに苦しんでいますが、未来がある20代たちはもっとしんどい思いをしています。
正解が変わりつつある現代
現代社会は、少しずつ正解が変わってきました。
なぜなら、伸びしろがない悪しき慣習が崩壊しつつあるからです。
そもそも今の日本は、「いつ倒産するかわからない」「居続けても給料アップの保証がない」といった不況のあおりをもろに受けています。
これを老害たちは「若者がすぐ辞めるから」「昔はこうだったのに」とか生産性がないことばかり言いますが、30代~40代の社長たちはまた別です。
ゆとり教育を受けた人、さとり世代の人、そして老害と若い考えの後輩の間で働いてきたこと。
古いシステムの生産性のなさに危機感を抱き、20代やこれから社会に出る若者たちが働きやすい環境作りに努力しています。
彼ら彼女らは「辞める」に肯定的で、1人ひとりの人生を真剣に考えてくれる人が増えてきました。
老害たちが現場から排除されたあと、あなたたち今の20代たちが中心となって社会はもっと変わっていくはずです。
20代の「会社を辞める」はチャンス
現代社会では、学歴問わず3人に1人が3年以内に辞めています。
20代の多くは「新卒後の会社は社会の雰囲気を知る場」と割り切るようになりました。
経験を積んでわかる「社会人の苦労」「キャリアへの欲求」「人生の不安と幸せ」を念頭に置き、新たなキャリアへ転職しています。
そもそもこれ、当たり前の話なんですよね。
だって、右も左もわからない社会にいきなりぶち込まれ、自分に合うかわからない会社で働くわけですから。
社会を知れば、自分に合う会社、やりたい仕事へ転職したいなんて当然です。
しかも、現代社会は圧倒的な若者不足で20代は職を選べる立場ですからね。
ただ、30代になれば即戦力でしか選ばれなくなる。職の選択が難しくなり、一気に選択肢が少なくなるわけです。
早期退職者たちは、今しかない20代のチャンスを理解しているからこそ、早い段階で「辞める」の選択後に転職活動をしています。
日本の慣習で「辞める」罪悪感を抱く時間は、1分1秒ずつチャンスを潰していると思っておいてください。
まとめ:継続すべきタイミングは続けたいとき
継続すべきタイミングは、続けたいと思える仕事に出会えたときです。
「人間関係が良い」「働いてて楽しい」「収入に満足」など、理由は何でもいいですよ。
継続は善悪じゃないけど、続けたいと思うんなら人生の満足感で善になるので。
もちろん、やめたいときにやめるのも善。
大事なのは、社会的風潮による善悪に流されず、あなたにとって善なのかをしっかり考えること。
昔の「継続が全て」という思考停止世代のようにならないよう、自分なりの正解を見つけていってください。
